示談交渉を受けられる事案・受けられない事案
02.示談の豆知識17.暴行・傷害18.窃盗19.横領・背任士道法律事務所は刑事事件の示談交渉(加害者側)を行う弁護士の事務所です。
月平均で30件少し、年間だと350~400件程度のお問い合わせをいただいており、その6~7割が刑事事件の示談交渉に関するものという他に類を見ない珍しい事務所です。
お問い合わせは多数いただいているのですが全てのお問い合わせが弁護士との面談、その後の受任に至っているわけではありません。
「弁護士の方で示談交渉をお断りする事案」
というものが存在しますので、そのケースについてお話してみます。
目次
示談交渉を受けられる事案・受けられない事案
加害者に十分な資力がないケース
刑事の示談というのは、
「自らの罪を認めて被害者に謝罪し、被害者に一定の金銭を支払って赦しを請う手続」
です。
被害者に渡すお金がなければ示談のしようがありません。
例えば自分や家族が犯罪の被害や交通事故に遭ったとして、加害者が
「すみません。本当に悪いことをしたと反省してます。被害は弁償できませんが私(加害者)が不起訴になるよう協力してください」
と言ってきたら。
そんな身勝手な加害者のために一肌脱いでやろうと思いますか?
「お金がない」と言ってくる方の罪名はほぼ決まっていて「横領(業務上横領)」です。
勤務先の経費を数百万円~数千万円抜き取っていて、最近調査が入ってバレそうになったので慌てて弁護士を探しだした、というパターンです。
横領したお金を将来に備えてコツコツ貯蓄していた、などというケースは聞いたことがありません。
ほぼ100%、ギャンブルとかキャバクラとか住宅ローンとかで散々に散財しています。
お金がないと言う人の心情としては、
「一括は無理でも少しずつきちんと返していくので……」
というところなのかもしれませんが。
被害者の立場になって考えてみてください。
真面目に愚直に会社に尽くしてきた従業員が
「どうしてもお金が必要な事情ができたので1000万円貸してください。10年かけて必ず返します!」
と言ってきたとしても普通は躊躇するはずです。
ましてこれと同じような事を横領犯が言ってきたとして、大目に見ようとか信用しようとかいう気になるでしょうか。
浪費してしまってお金が残っていないということであれば、家族親類に頭を下げて最低でも数か月以内には被害相当額を完済する目処は立てる必要があります。
示談のことを考えるのはそれからの話です。
被疑事実を認めていないケース
繰り返しますが、刑事の示談というのは、
「自らの罪を認めて被害者に謝罪し、被害者に一定の金銭を支払って赦しを請う手続」
です。
自分の犯行をきちんと認めていることが前提となります。
犯行を否認した状態で示談を試みるというのは、
「悪いことしたとは思ってないけど、金をくれてやるからこれで勘弁しろ」
と言っているようなものです。
真っ当な被害者ならやはり激怒して示談に応じたりはしません。
ただし。
「迷惑防止条例違反(痴漢)」
「強制わいせつ」
「強制性交」
「暴行・傷害」
といった罪では一部否認が生じることはあり、この場合は一部否認のままでも示談は可能です。
具体例を挙げると、
・何回触ったか、どう触ったかといった点について加害者と被害者の言い分が食い違っている
・性交渉について加害者は被害者の同意があると思っていたが、被害者は「無理矢理された」と言っている
・被害者は「殴られて足蹴にされた」と述べているが加害者が「殴ったが蹴った記憶はない」と言っている
といったケースです。
このような一部否認であれば
「自分(加害者)としては1回しか触っていないつもりだったが防犯カメラを見ると2回触っているようだ」
と認否を改めたり、
「自分(加害者)としては雰囲気から同意があると思っていたが、相手(被害者)の意に反していたなら申し訳ない」
というように両者折り合いがつくポイントで謝罪することが可能です。
また、示談交渉は刑事裁判のように白黒ハッキリさせる手続ではないので、行為態様の細部なある程度曖昧な状態にしたままで話をまとめることも可能です。
実際、過去に士道法律事務所でこういうケースの示談をとりまとめた解決事例は複数存在します。
ちなみに
「わいせつ行為や暴行をしたと警察から言われたが当時泥酔していて記憶が定かではない」
というものは刑事事件上は「否認」の扱いとなりますが、これも示談は可能です。
事実無根である(=被害者の完全な捏造)ということはまずなく、防犯カメラや第三者の証言で犯行は立証され、加害者も
「そういう証拠があるなら自分がやったのかもしれない」
となることがほとんどだからです。
事案の性質上示談が不可能なケース
お金があり、被疑事実も完全に認めていて、謝罪するつもりもあるけれど示談が不可能なケースです。
これには二種類あります。
(1)そもそも被害者が存在せず交渉相手がいない
(2)被害者の属性により示談交渉自体が不可能
(1)に該当するのは「社会そのものが保護の対象となっている罪」。
現実的に問題となり得る罪に限定して具体的な罪名を挙げると以下のようなものです。
・各種偽造罪(通貨偽造、文書偽造、有価証券偽造、印章偽造など)
・薬物事犯(覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反など)
・善良な風俗に対する罪の一部(わいせつ物頒布、賭博など)
これらの罪が規定されているのは「社会の秩序」を守るためです。
そのため、敢えて被害者を観念するなら「社会そのもの」が被害者となります。
社会を相手に示談などできるはずもありませんから、これらの罪で示談をまとめることはできません。
ただし例外があります。
この罪の保護法益は「社会の善良な性風俗」なので理屈上の被害者は「社会」です。
もっとも公然わいせつの事案では露出行為その他を通報した「目撃者」が存在するケースがほとんどです。
他人の性器や性行為を見せつけられて嫌な思いをした「目撃者」を相手に示談交渉を試みるのです。
「目撃者」との示談にちゃんとした効果があるのは実証済みです。
士道法律事務所では公然わいせつで目撃者との示談を取りまとめて不起訴としたケースが複数存在しています。
(2)に該当するのは「被害者が特殊な地位にある罪」。
具体的な事例を挙げると以下のようなものです。
・新型コロナ関連の給付金詐欺(被害者は国や地方公共団体)
・公務員に対する公務執行妨害(被害者は警察官その他の公務員またはそれらの所属する組織)
このように公的な特殊属性を有する被害者が加害者との示談交渉に応じるわけがない、というのは一般的な感覚からも何となくイメージできるかと思います。
これに準ずるものとして
・公共交通機関の駅員や車掌に対する暴行傷害
が挙げられます。
駅構内で
「駅員に対する暴力は犯罪です!」
とデカデカと書かれたポスター等を見かけたことがある方もいるかもしれません。
JRその他の大手電鉄会社には駅員に対する酔っ払い等による暴力事件に毅然と対応し、従業員である駅員を守る姿勢を明確に打ち出しているところが少なくありません。
会社全体の方針として「示談交渉は一切受け付けない」としているところに対してはどんな交渉を試みても無駄です。
これと関連して、
「全国展開しているような大手企業に対する犯罪は交渉自体を拒否されるケースが多い」
ということがあります。
典型例は
・携帯電話キャリアや銀行に偽の身分証を提示してスマホや通帳を騙し取ったという詐欺
です。
大企業からすれば数十万円程度の被害弁償など誤差レベルに過ぎず、示談交渉に対応させる人員の手間を考えれば、示談交渉は一律拒否して司法の判断に委ねるとした方が合理的だからです。
こうやって詐取されたスマホや通帳(口座)が特殊詐欺という犯罪に使われる、といったことに対する配慮もあるでしょう。
ただし、大手企業なら全て門前払いとなるわけではありません。
・大手スーパーで万引きをしたという窃盗
・ビルに侵入して会社支給の制服を持ち帰ったという窃盗
これらの事案ではそれなりに高い確率で示談交渉ができます。
例えばスマホや通帳を騙し取ったケースのように会社のシステム全体に絡んでくるような話ではなく、店長その他の責任者の裁量の範囲内に収まる程度のことだからです。
現に士道法律事務所でも誰もが名前を知っているような大企業(の支店長)との間できちんと示談をまとめて不起訴となった解決事例が存在しています。
【まとめ】
今回の記事をまとめると次のようになります。
弁護士が示談交渉を受けられない(依頼を断る)事案というのは、
1.被害者に支払う示談金(解決金)がないケース
典型例は「横領」。
示談金(解決金)をある程度用意できる算段をつけてから示談のことを考えるべき。
2.加害者が犯行自体を否認しているケース
犯行を認めないままで示談するのは原則不可。
ただし、細部に食い違いがあるに過ぎない場合や飲酒等で記憶がない場合は示談可能。
3.被害者が特殊な属性を有しているケース
社会そのものを保護対象とする罪(偽造の罪や薬物事犯など)は被害者が存在しないので示談不可。
ただし、公然わいせつについては目撃者との間で示談可能。
特殊属性を有する被害者に対する罪(国に対する詐欺や警察官に対する公務執行妨害など)は示談不可。
駅員に対する暴行傷害も原則として示談不可。
大手企業に対する詐欺や窃盗は示談交渉自体を拒否される可能性がやや高い。
ただし、店長その他責任者の裁量の範囲内に収まる軽微な罪(万引きなど)は示談可能。
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